発達障害(ASD)グレーゾーンの体力づくりにプールをおススメする3つの理由

わたしは体力がないため、毎日を人並みに生活できるようなんとか自分の出来る運動を生活の中に取り入れたいと思っています。そのうちの一つがプール(水泳)。

いろいろな運動があるなかで、どうしてプールを選んでいるのか。その理由を3つの視点からご紹介します。

1.一人で出来るから

それでなくても他人の目を気にし、他人に気を使いまくって、疲れ果てている発達障害(ASD)グレーゾーンの人間たち。

運動は「体力をつける」のが目的ですから、他人を気にしている場合ではありません。しかし「誰かと何かをやる」ということになれば、本来の目的はそっちのけで、他人に気を使ってばかりの時間をすごすことになります。「自分のために運動をする」という目的を果たすためには、自分一人で出来ることがが絶対条件です。

誰かを誘わなくても、一人で完結する。

これが非常に重要なのです。

一人でできる運動であれば、自分の気が向いた時に、「さっと」もしくは「ふらっと」はじめて、なんとなくやめる、ということも出来ますが、「誰かとやる」となると途端にしばりが多くなります。

  • いつやるのか、何時にやるのか、どこで待ち合わせるのか等を事前に約束する。
  • 疲れても相手がいるので自分勝手にやめられず、自分のペースで出来ない。

こんなふうに、誰かと運動するとなると、日常生活に加えて「運動をするための、他人とのコミュニケーション」が必要になります。それは疲れる原因となりますので、我々にとっては避けた方が無難でしょう。

そういうことが得意な人が、ママさんバレーとか、集団でマラソンとかしているんですよ。
ああいうのを自分がやるとしたら、どうでしょう?楽しそうだと思えますか?わたしには拷問としか思えません。外出時に、家の近所で、女性が集まってしゃべっている、地域の子供会の子どもと大人が集まっている、町内会の役員が集まって作業をしている、というような集団で集まっている場面にもし出くわすようなことがあれば、わたしなら出来る限りさけてだれにも悟られないように直ちに家に戻るし、家にいてもそれらの声が聞こえてくるだけでこころがざわざわします。

2.劣等感が、少しラクになるから

自分よりも太っている人もいっぱいいるし、そんな人達も堂々と楽しそうに運動している

発達障害(ASD)アスペルガー、グレーゾーンの人間は、深い劣等感を常に背負っています。

その内容は人それぞれ。運動能力だったり、頭の良さだったり、顔やスタイルの良さだったり、持っている物だったり、明るい性格だったり。住んでいる家とか、生まれた地域とか、生まれた家がお金持ちとか、家族と仲がいいとか、友達がいっぱいいるとか彼氏や彼女がいるとか、結婚しているとか、子どもがいるとか、収入が多いとか、華やかな世界の人へのあこがれだとか・・・もうキリがありません。

劣等感なんて、そもそも劣等感を感じるようなことではない(どうでもいいような)ことを、本人が勝手に「出来ない」とか「嫌だ」とか「どうして自分はこんななんだ」などと思い込んで、勝手に苦しんでいるだけに過ぎないものだと思います。

そんな中、わたしが考える「発達障害(ASD)アスペルガー、グレーゾーンの人間にとって大事なこと」は「出来ないことに焦点を当てず、そのままの自分を愛すること」

出来ないことがいっぱいあり、誰に何かをいわれたわけではなくても「どうして自分はこんななんだろう」といつも思ってしまう。その上でさらに、「なんでそんなことが出来ないの?」とか「なんですぐ忘れるの?」とか「上司」や「家族」などの他人に言われてますます落ち込むとか。そんな日常。なんで忘れるのか?なんて、自分でも分からない。

でも「出来ないものはどう頑張っても出来るようにはならないし、この先もそんな自分のまま生きていくしかないから、結局はそのままの自分を受け入れてあげるしかない」

「何かが出来るから自分を愛するんじゃなくて、その出来ないままの自分でも(せめて自分は)OKと言ってあげる*」という「自分が自分を受け入れる姿勢」が、人生の基本として大事だよなと思うのです。

*1:もちろん、「わたしは出来ないままでいい」とか「出来ないことは他人にやってもらうのは当然」とか「わたしができない分は誰かに迷惑をかけてもいい」という意味ではありません。苦手なことでも出来る限り自分で出来るように、自分にあった工夫をして、乗り越える努力をする必要はあります。
*2:これまでのわたしは自分に厳しすぎて出来ない自分を受け入れられず、こんなんじゃダメだ、もっと出来ると自分にムチをたたきすぎて、生きるのがつらかったのかもしれないと思うことがあります。

言葉にすると簡単ですが、実践するのはディープですね。

で、ここにどうして水泳が絡んでくるかというとですね。わたしは自分の下半身の太さに大変コンプレックスがあります。小学生の高学年のころにはもう、ふくらはぎとか太ももが、周りのかわいい女子と比べて相当太くて嫌だと思っていました。どうしてわたしは女の子なのにこんなに醜いのだろうと。その後わたしは水泳部に入部し、たくましい足は脂肪と筋肉でますます太くなっていったのですが。

それはさておき、今、大人になってからプールに行きますと(平日)、そこにいるのはたいていおばちゃん・おばあちゃん・おじいちゃんです。若いヒトたちは忙しく働いていますから、プールに来ているヒマなんてありませんからね。

中でも「太目のおばちゃん」たちが多い。もちろん、しわしわとかガリガリの人もたまにはいるし、なぜか若者もごくたまにいたりもするけど、大体はふくよかで元気そうなおばちゃんたちが、無言だったりおしゃべりしながらひたすら歩いてるんです。泳いでいる人より、歩いている人が方が多いです。

わたしは自分の容姿に自信がなくてそんな自分のことをいやだいやだと思って生きてきました。洋服を買う時に試着室の鏡で自分の全身を見て、絶望的な気持ちになったことなんて何度あるかわかりません。

でも、おばちゃんたちは、わたしよりずっと立派な体型なのに、パッツパツの水着を着て元気にバシバシ歩いている。そこに「恥ずかしい」とか「ほんとはこんな格好イヤなんだけど」みたいな悲壮感はない。外国だとすっごく太った女性でも、海でビキニを着こなしていますよね。

わたしのコンプレックスってなんなのでしょう。実際に足の太さが何センチがいいとか、そんな細かいことじゃなくて、もっと大きな視点で人生をとらえて、そんなことどうでもいいから楽しく自信をもって生きていくことが大事なんじゃないかと。プールに行くと、自信を持つことの大切さとか、内容は何であれ、くだらない劣等感なんて感じる必要はないんだ、ってうすぼんやりと思えるのです。

もちろん劣等感は容姿にだけ感じているものではなくて、いろいろとあるけれど、(短期的な記憶が大変苦手であるとか、もっと人とうまくやれないだろうかとか、女性としてもっと女性らしく美しくなれないもんか・・・とか)そういう劣等感は手放していいし、自分よりもっと、自分が気にしている「それ」についてのレベルが低いヒトであっても、そんなこと何にも気にせず生きているヒトもいる。どのように劣等感と向き合い、どのようにそれをとらえながら生きるのが「苦しまないで生きている」ことにつながるのか。

わたしが自分の容姿にコンプレックスを抱えている分、プールに行くたびにそういうこと自動的に考えるし、劣等感なんて楽しく生きるために必要ではない、手放していい、という気持ちになってきています。自分の周りにおきている現象が、すべて自分の世界の中だけの出来事だとしたら、太った人・ガリガリの人・堂々と水着を着こなす人・・・彼・彼女らは何の目的で、今わたしの目の前に存在するのだろう?彼らから学ぶことは何か?どのようにとらえるのが、わたしの幸せにつながるのか、などと考えたりします。

3.水の中で過ごすのは気持ちがいいから

水の中にいるのって単純に気持ちがいいですよね。暑くないし!
「管理されているプール」というのは適温に保たれているので、水温がちょうどよいのです。

わたしが学生時代に部活で泳いでいたころは、部活のプールなんて温度もなにもあったもんじゃなくて、何度だろうがプールに入る。水温14度とかでも震えながら入ったりして、それはそれは苦痛でした。

今思い返すと、わたしは皮膚感覚がちょっと敏感なのかもしれず、「冷たい」とか「暑い」とか極端な温度は嫌。いつも水は常温で飲むし、特に「冷たい」が圧倒的に苦手です。冷たいプールに入って皮膚から伝わる「冷気」に耐えきれません。「死ぬ!」って思います。

ですので、夏でも冷たい海とか冷たいシャワーはキライです。海も、太陽でガンガンに熱されてお風呂のように生暖かく、皮膚に全く刺激のない温度の海が好きです。しっかりと晴れた日の、日中の沖縄の海はあたたまっているので「イイ感じ」ですが、曇っていたりすると、夏の沖縄の海でさえ冷たくてイヤ。

プールの快適さは温度だけでなく、水の中にいるから浮力で身体軽くなり、ジャンプしたりもぐったり、そういう動きも楽しいし、体をのばしてただ浮かんでたり、陸の上では到底できない動き(でんぐり返しとか、逆立ちとか)も水中ならできるっていうのも愉快で楽しいなと思います。

ずっと泳ぎ続けるのは果てしなくつかれるけれど、泳ぐのに疲れたら歩けばいいし、ただ水の中にいるだけでも意外と疲れます。基本的に疲れることは好きではないですが、「気持ちよく疲れられれば」その後ぐっすり眠れるだろうし理想的です。

+α:ゴーグルをしているから自分だとばれにくい

プールでは帽子もかぶるし真っ黒のゴーグルをします。はっきりいって誰だか分かりません。知り合いにあってしまうとか、反対に誰かにみつけられちゃうという危険性が少なくて安心です。

プールみたいな逃げ場のないところで、知り合いには会いたくないですよね。その知り合いのことを考えすぎて、運動することに身が入らなくなります。もしそうならば運動していても筋肉の動きなどに集中できないし、他人のことを考えて脳内疲労がハンパなくなるので、さっさと帰ったほうがマシかもしれません。

まとめ

プールに通おうと思い、約3か月が経過しました。毎週は難しいですが、それでも1~2週間に1度はプールに行っています。泳ぐよりももっぱら歩く専門ですが、それでも街中を歩くよりもラクだし、水の中なので浮力もあって楽しいです。今のところ、知り合いに会ったことも一度もないし、運動することにのみ集中できています。体力不足に悩む発達障害のみなさま、プール通い始めてみませんか?

 

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