アスペルガーグレーゾーン:集まりに参加する苦痛

わたしはアスペルガーっぽい症状を持っていますが、自己判断であり、あくまでもグレーゾーンです。グレーゾーンであってもどうしても苦手なこと。それは人と会うことです。

自分が仲良くしている人に会うのならまだいいんです。それすら嫌なこともあるけれど、まだいい。もっと気が進まないのは、家族としてその場にいなければならないという時。

結婚する前は「彼・彼女」の二人の関係であったものが、結婚すると夫の親族と私の親族、夫の友達や夫のが勤める会社の人との付き合い、近所付き合いなど、自分と社会のつながりはぐんと広がります。

子どもができればその子を通しての人間関係も覆いかぶさってきます。公園で遊ぶ友達、近所の友達、幼稚園や学校での友達や保護者同士の付き合い、習い事での人間関係にママ友付き合いやPTA活動。地域によっては、子どもがいることでより地域活動も深さが増していきます(子ども会や地域の役員活動など)。

結婚する前は言わずもがな、結婚してしばらくたってもわたしは夫の親族にすら心を開けず苦しみました。家族が集まる行事では、居心地が悪く、誰とどう話していいのか分かりませんし、まず家に入って「こんにちは」とあいさつをすることも苦痛でした。それでもグレーゾーンかつ女子であることから、にこやかにおとなしく存在することは出来るので、見た目は普通ですから「あの人、頭おかしいよね」とは言われずにすんできましたが、わたしの心の中は普通ではありません。

その反応はもちろん夫の親族だから特別に警戒していたということではなく、他人全般に対しての通常反応です。わたしは当時、自分がアスペルガーっぽい気質を持っていることを知らなかったので、自分に良くしてくれる義理の親や姉妹に対してなぜ自分はこんなに恐怖心を持っているのか分かりませんでした。

仮に悪口を言われたとか意地悪をされたとか、そういう理由があるなら拒否反応が出たとしても理解が出来ますがそういうことは一切なく、むしろ話しかけてくれたり、一人の人間として尊重してくれる人たちです。その尊重というのは「あの人(わたし)は、ちょっと変わった人間だから気を使って」ということではなく、あくまで普通の人間として接してくれています。それなのにわたしは、そういった人とも心穏やかに接することが難しい。自分に対して「内向的で人見知り」くらいしか理解していなかったので、他人に恐怖心を持つ自分をずいぶん責めていたように思います。

今となってはもうだいぶ慣れてきたので(夫の親族や自分自身に対しても)「そういう反応も自分にとっては自然なことなので、それはそれで仕方ない」と受け入れることが出来るようになってきました。


つい最近のことなのですが、夫が友人の家に遊びに行くというイベントが予定されていました。その友人はわたしも知っている人なので「わたしも一緒にその家へ行く」という予定になっていました。

しかし夫はわたしに何度も「一緒に行く?どうする?」と聞いてくれました。一緒に行くことになっていたのですが、それでも何度も聞いてくれました。

「わたしがそういう場が苦手だというのを分かっていて、聞いてくれてるんだよね?」と聞くと、「そうだ」と。

わたしは、大勢の中にいると自分が透明人間になったような気がします。そこにわたしの肉体はあるけれど、魂はいないような。もちろん自分はそこにいるのでその場に存在して何かしら考えているのだけれど、その場の人間の会話にはあまり入っていないし、頑張って入っていってもなんかズレている。それならそこにいる必要はないなと思うんですよね。なんとか輪に入っていくために「何を話したらいいんだろう、何か話せることはあるかな」と集中して考えていれば、その場の会話を聞いていないことになるので、結局話が分断されたりしてちぐはぐになるわけです。

でも、すぐにわたしがその場から居なくなれば(帰ったりすると)周りの人が嫌な思いをするだろうと思い、その場にい続けるのですが、そういうことを繰り返すことでどんどん自分の心が壊れます。何かの集まりに参加すること全てが嫌いなわけではありません。むしろその集まりを楽しみに思うことも、もちろんある。でも同時に恐怖心も大きいのです。

そんなこと、周りの人間は考えもしないでしょう。周りは周りで盛り上がって楽しそうに過ごしているなかで、表面上はにこやかに過ごしている自分が感じている疎外感。場違い感。誰かと一緒にいることで、一人ではないのにむしろ孤独が際立ち、苦痛が増します。にこやかに過ごしていると見せかけつつ本当は泣き出したい、逃げたしたいという気持ちが心の中でいっぱいになって、忘年会とか飲み会などの後では、ほぼ飲んでいないのに気持ち悪くなるしぐったりするし、理解されない(自分でも理解できない)気持ちに、何度大泣きしたか分かりません。その後、心が回復するまでにはそれなりの日数が必要になります。

そんな心の内は他人に理解されないだろうし、その場で盛り上がれる、他人と一緒にいることを楽しめる人間であれば思いもしないことだろうと思います。

夫はわたしと同じ人間はありませんから「わたしが感じるように、わたしを理解してくれている」とは思いませんが、それでも「他人との集まりに参加するのは苦痛なのだろう」と理解を示してくれたことが、とても嬉しかったです。
「その場に存在することを無理強いされない」ということはとてもありがたく、かつ、そのままの自分を理解してもらえていると感じられることです。

アスペルガーかつグレーゾーンの人全員がそうであるかは分かりませんが、わたしに関しては自己肯定感が低いので、「他人が苦手・他人とのかかわりや集団が苦手」であるという自分の特性を、自分が受け入れることは難しいことでした。だって「みんなと一緒にいるって楽しい!友達サイコー」という人の方が、周りからも受け入れてもらいやすいし、ラクだろうし、結果生きていて楽しいだろうと思うからです。なんでわたしはこんな風に感じてしまうんだろう?だからわたしってダメなんだと自分をマイナス方面にばかり捉えていました。

今では「自分は、自分に与えられた自分で生きていくしかない」とある種の諦めを持って、理解して受け入れた上で生きていますが、それはあくまでも自分の中でのことですから、家族にとっては理解しがたいこともあるだろうと思います。例えば子供であれば、「なんでうちのお母さんは、学校行事を楽しみにしてくれないんだろう」とか「なんで周りのお母さんたちとおしゃべりしないんだろう」とか思うでしょう。

それだけに「他人との集まりに参加するのは苦痛なのだろう」と理解を示してくれた夫に、愛を感じました。「愛してる」と言葉にする愛もあるけれど、相手のことを出来るだけ理解しようとすることも愛そのものだし、愛があればこそですよね。

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