陶芸教室で使っていたサンダルが無くなった

わたしは、陶芸教室ではサンダルスタイルで過ごしています。ラクだから。
スニーカーで行って、教室でサンダルに履き替えます。

でね、ある時、朝陶芸教室に行こうとしたら、サンダルが見当たらない。

サンダルは靴箱にはしまわず、スーパーのビニール袋に入れたまま玄関の近い床にぽいっとおいていました。次の陶芸教室で使うんだから、わざわざ靴箱にしまわなくてもいいかなと思って。
玄関に近いこの場所、息子たちが「自分の部屋のごみをビニール袋に入れて、このあたりに放置する」ことが習慣になっている場所でもあります。この場所は、スーパーの袋につつまれた「こども部屋のごみ」も、定期的に大量に溜まっているのです。

我が家のごみ捨て担当は次男。先週の金曜日は忘れずにゴミを捨ててくれました。だいたい何かしらのゴミを捨て忘れるので、先週の金曜日は「子どもの部屋のゴミ、大量にたまってたけど捨てた?」と聞くと、「全部すてたよ!」と。彼にしては忘れずによく出来たので、嬉しさ反面、ちょっともやもや感。

間違って、ゴミではないもの捨ててない?

彼は、幼稚園の時、お遊戯の(お借りしていた)衣装をゴミを間違えて捨てた前科があるからです。しかも、主役(ももたろう)の衣装。よりによって主役。
その日は衣装を幼稚園にお返ししようと丁寧に畳んでビニール袋(スーパーの袋)に入れ、持って行くのを忘れないように玄関においたんです。次男はそれをゴミだと思って、他のごみと一緒にごみ置き場に持って行った。わたしはわたしで玄関に衣装を置いていたことも忘れているのでそのまま放置(ここで、すぐに「あれ、玄関に置いてた衣装がなくなってる・・・・」と気づいてければ、大事にならずにすんだのに)。返却期限から数週間とか1か月とかが経過して幼稚園から言われるまで、全く気づきませんでした。

ということがあったもので、ふと「わたし、チェックしてないけど大丈夫かな?」と思ったのですが、「いまさら心配したってどうにもならないし」と、その時は特に気にしていませんでした。

で、朝の一件ですよ。サンダルが無いっていう。

いろいろな場所を探した上で思い当たるのは「次男が、ゴミの日に間違って捨ててしまった」ということ。もう、普段おいていた場所も靴箱の中も探したけど見当たらないのだから、「捨てちゃった」より他に考えられない。そんくらいは探した。

時間的に次男はもう学校に行ったあとだったし、

どうしたもんか・・・
と考えた。
結局、「子どもがゴミを置くような場所に、ごみと同じような袋にいれて置いていたわたしが悪い」んです。捨てたのは次男だけど、その原因を作ったのはわたし。わたしの不注意。
次男が注意深いタイプで、ごみを捨てる前に全ての中身をチェックするような人間だったらこういうことは起こらなかった。でも彼はそういうタイプではないし、そしてわたしもそういうタイプじゃない。
だから捨てちゃったからって、次男を一方的に攻めることはできない。わたしだって出来ないし。彼は家の手つだいをしてくれていたのだし。いまさら、
なんで、お母さんの大事なサンダル捨てるの!!!
ゴミ、捨てる前に中身チェックしてよ!!
ふざけんなてめぇ!
などと声を荒げたところで、サンダルは戻ってこないし、いくら言ったって出来ないものは出来ない。
『いくら怒られたって、出来ないものは出来ない』というのは『夫に怒られ続けたけど、何度言われても出来ないものは出来ない』というわたしの体験からも、よくわかっています。
怒られた数日は注意深くできても、そんなことすぐに忘れてこれまで通りにチェックせずに捨ててしまうでしょう。

ただ。あれ、お気に入りのサンダルだったの。それが心残り。クロックスというブランド品でね。100円ショップのサンダルじゃなくて、お気に入りのちゃんとしたサンダル。100円ショップのサンダルだったらさっさと諦めもつくけど、あれはお気に入りだったから。

だけど、どんなに
あれはお気に入りのサンダルだった。
100円ショップのサンダルだったらまだ良かった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
ショック。お気に入りが無くなってショック。

と思ったところで、アレは帰ってきません。そういうことも、重々理解しています。

仕方がないので別のサンダルを持ち、陶芸教室に向かいながらも考えました。どうすれば良かったのか。陶芸教室に着くまで考えて、出した結論はこれです。

スーパーの袋に入れてゴミを置いている場所に置いていたのだから、ごみだと勘違いされて捨てられても文句は言えない。

息子が捨てたけど、わたしがそこに置いたのが一番悪い。

今後とれる対策として、このようなことを考えました。

ごみを置く可能性がある場所にサンダルを置かない

サンダルを持ち歩く時、ごみ袋に入れない(目立つ、カワイイ袋などに入れる)

サンダルを、かばんから出さない。

今後はごみをもっと注意深く捨てるよう、子どもに言い聞かせる。

うん、そうだな。これでいい。
サンダルはなくなっちゃったけど、また一つ賢くなったじゃないか。あのサンダルは数年履いているし、新しいモデルもたくさん売られているはずだから、この際新しいものを買おう。夏が来る前に、新しいサンダルを買おう。そうしよう。

そんな風に反省し、自分の気持ちをなだめ、おちつかせ結論を出し、新しいサンダルを買うということに少しだけ心を躍らせながら陶芸教室につきました。

ここで、サンダルが見つかりました。
ここで、サンダルが見つかりました。

え・・・・・・
陶芸教室にあったんじゃありません。自転車の籠にあったんです。前回の陶芸教室でつかったあと、家にしまわずに自転車の籠に入れっぱなしになっていたのです。
いやね、それならさっき家を出る時、自転車にのる段階で気づいたはずじゃない?でも気づかない。かごに物をのせて自転車をこいできたのに気づかない。
わたしは自転車にのってきたのに、自転車のかごの中なんて見ないんですね。見ないままかごに物をのせる。そしてのせていた物も、どうしてのせていたのかも、のせていた記憶も忘れる。
結果から言えば、今後どうしたらサンダルが無くならないか検討出来たし、その上でサンダルは見つかったんだから、痛み(サンダルが無くなること)なく、対処についても考えられたというすばらしい体験だったともいえるんだけど。
でもね、納得いかない。朝から脳が疲れすぎました。もー、一体なんなの?というこの気持ち。心がめっちゃ疲労しました。
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