発達障がい・自閉症スペクトラム(ASD)グレーゾーン人間、ママ友とのかかわり 公園デビュー

わたしが「どうもアルペルガーっぽい」という自分に気づいたのは数年前のことです。
そんなことに気づく前から、わたしは10年以上も「母親」をやっています。その時も今と変わらずわたしなので、生きづらい・なんか違うという思いは抱えていたものの、それはわたしの内向的な性格ゆえかと思っていました。

当時、「アスペルガー」なんていう言葉は全く知りませんでした。わたしは大学で障害児教育について学んでいたのですが、まさか自分が発達障がいを抱えている側かもしれないなんて、全く思いもしませんでした。


子どもを産んで母親になると、女を取り巻く世界には「ママ友」という付き合い方が日常に入り込んできます。人付き合い、特に女子グループというものが苦手で、ようやく大変な学生時代を終えたというのに、ここからは「母親」としてアスペルガー傾向を抱えながら社会に向きあい、さらには「ようやく終わった」「ようやく苦痛から解放された」学校生活とも再び向き合わなくてはならなくなります。

子どもがうんと小さい頃はまず最初に「公園デビュー」という第一関門があります。これは近所の公園に子連れで出かけていって、友達を作ってくるという試練です。公園にデビューするのは子どものはずですが、そうではなくて「公園デビュー」=「ママ友社会への、ママのデビュー」なんですね。そしてここで成功をおさめる(=めでたく、そこらへんにいる子連れのママと仲良くなって、お友達になるということ)と、ここから数年は安泰に楽しく過ごせるのです。

もちろん、これもまたわたしにとっては難題でした。公園に行くことは恐怖でもありました。子どものことは可愛かったし愛していたけど、公園に行くのはイヤだった。自分の子どもに公園で遊ばせてあげたいという気持ちはもちろんある。自分と子どもだけならいい。でもそこに他人や他人の子ども、さらにそれが数人・数十人規模になってくる。もう、対数人くらいでわたしとしてはギブアップ。自分とこどもが二人で遊んでいるのは楽しかったけれど、そこに他の人が入ってくると、どう対処してよいのか分からなかったんです。

そういうことを、他のママたちは華麗にやってのけるんですね。気軽に「こんにちはーー」とか言ったり「おもちゃかして」とかそういうこと。わたしはね、気軽に話しけるのも話しかけられるのも抵抗があった。あと困難だったのが「こどものおもちゃの貸し借り」。

これはどういうことかというと、大体の親が自分の子どものおもちゃ(スコップとか)を他の子が使いたがったりすると「使っていいよ、どうぞ~。ほら、〇〇君(自分の子ども)は自分のなんだから、いつでも遊べるでしょ?」と言って自分の子に我慢させるんです。これが納得いかなかった。

だって「自分のだからこそ自分で使って遊びたい」じゃないですか。なんで自分で満足するほど遊んでいないのに他人に貸さないといけないのか。もちろんわたし自身もそういわれて育ってきただろうし「そんな場面では貸してあげるのが正解」ということは分かる。

でも子どもの気持ちに寄り添ってみれば、絶対自分で使いたいでしょ?わたしが子どもだったら自分で使いたい。だけど自分で使ってばかりだとダメで、他人に貸さないといけない。「かさないとケチだとかわがままだとか思われちゃう」から、こういう場面では「自分が使いたいとは主張せず、他人に貸すということを求められている」ということを理解し、そういう行動をとる子どもだったんですわたしは。自分の気持ちは抑えて。

私はもう大人だけど「今うちの子が使っていますので、貸せません」とも言いにくいし、「じゃあ貸すけど、5分したら返してね」なんて言えないし、もし貸したとしても「そろそろ時間だから返して」なんてとても言えない。時間を約束して貸したのなら「返して」と言えばいいのに、他人にそういうことも言えないような人間。

「他人におもちゃを貸すことが当たり前」であるこのような状況の中で「他人におもちゃを貸さない」という選択をとれるほど堂々としているわけでもなく、グレーゾーンで内向的で他人と関わるのが苦手ですから、やっぱりそれは「貸してあげざるを得ない」という状況であり、当時のわたしも自分の子に「かしてあげようね」と言ったんだと思う。

そういうことが積み重なり、他人と関わるのがますます嫌になって、公園にいくのも苦痛だった。自分の「他人への対応の仕方」がうまくできなくて苦しくて。いつになってもその動きはこなれることがなく、人がくると即座に逃げて帰りたかった。自分の子どもはかわいいのに、その子どもさえ嫌いになるほどだった。子どもがいなければ、公園にいかなくて済むのに。子どもがいなければ、こんなに自分の「他人と関わる、負の感情」をむき出しにされることはなかったのに。毎日ヘトヘトでした。

だから、むしろ人が公園にいない時には積極的に出かけて行った。「今日は台風で風が強いです」なんていう日はチャンスとばかりにいそいそと公園に行って、こどもと二人で風の中をくるくる回った。他人がいないだけで、こんなに自由に息が出来る!

そんな行動をとっていたので、もしわたしの存在を知っている人がいたならばおそらく変なヒトだと思われていただろうし、そもそもわたしと子どもの存在は「同じ年の子どもがいるグループの人たち」からはほとんど知られていなかったことでしょう。関わり方も分からないし、ママ友も出来なかった。

他の子たちが、ママ友つながりで頻繁に遊んだり、お友達の家に行って一緒に遊んだり、お休みの日にも一緒に出掛けたり、そういうのを見たり聞いたりする度に、うらやましくもあり、子どもに申し訳なくも思ってました。

わたしがこんな性格であるばっかりに、うちの子どもはママ友グループでどこかに一緒に遊びにいくこともない。お友達のおうちに行くこともほとんどない(ちょっとはあったけど、他の人と比べるととても少ない)。お友達同士でショピングセンターで遊ぶとか、キャンプにいくとか、そういうのも一度もなかった。

わたしはわたしなりにせいいっぱい「母親役」をやっていたけれど、子どもの着替えとか身の回りのお世話をし、子どもの話を聞き、ご飯を食べさせて本を読んで文字を教えて寝かしつけて・・・とかそういうことはやってきたけど、ママ友関係となるとまるでダメでした。

でもね、それでも希望を持ってはいました。その当時、雑誌かネットかで見かけたお悩み相談でこんな内容があったんです。

公園デビューがうまくできません。なじめなくて友達が出来なくて寂しいです

これに対する答えが

わたしもそうでした。でも幼稚園に通うようになると、お話できるママも自然とできるので、焦らなくて大丈夫ですよ

 

という内容だったんです。そういうことはすぐに信じますので、そうか、幼稚園に上がればいいのか!今は周りになじめなくても、幼稚園に上がれば子どもにもわたしにも気の合うお友達ができるんだ、って信じていました。しかし当然ながらというべきなのか、実際はそういうものではありませんでした。

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