発達系女子(グレーゾーン)向け:外で働くことが向いていないなら、腹をくくって専業主婦をやれ

  • 2019年11月28日
  • 2019年11月28日
  • 生活

昭和の時代は「サラリーマンの夫+専業主婦」がいわゆる家族像であって、女性は結婚したら専業主婦が当たり前という世の中であったと思います。もしくは少しだけパートに出るとか。わたしの母もそうでしたし、夫の母親もそうでした。

時代はかわり、今は結婚しても社員のまま働いている人がたくさんいます。社員は難しくても、働く時間を減らしてパートに出ている人もいます。おそらく、結婚している女性は「子どもが赤ちゃんの時」以外は何かしら働いている、という人が圧倒的に多いでしょう。

それは「今の時代、夫の収入だけでは生きていけないから」。教育費がかかる、老後の資金が心配、ローンが大変・・・それなのに夫の収入が上がる見込みはない、ならば自分が働くしかない。だから、家事育児をこなした上で、なんとかパートでも・短時間でも・時給が低くても、と近所で働き口を見つけるのです。

いまや専業主婦なんて過去の遺物、無用の長物。どんな形であれ、働いている人の方が多いのです。専業主婦なんてありえない、専業主婦なんて死語、専業主婦をやっていられるほど家計に余裕はない、と誰もがいうこの現代日本において、わたしは今、専業主婦をやっています。

子どもが幼稚園にあがってからずっと、パートや正社員など職を転々としながらここまで来ました。しかしここにきて、もうわたしダメだなとなった。とりあえず今はダメ。もともと豆腐メンタルなわたしですが、ここ最近で発達障がいっぽい気質があるという自分も見えてきたし、今の状態でパートに出ることは総合的に良いことだとはとても思えない。

わたしがパートにでるメリットは、「月に数万円が手に入ること」これだけ。

この数万円を得るために、どれだけの犠牲を払うのか。もちろん数万円だってありがたい。でも冷静になって客観的に考えると、その数万円の為に自分に多大な犠牲を払い、いつもイライラして疲れ果て、子どもの話も満足に聞けず、夫に優しく接する余裕もなく、家事を楽しむ余裕なんてなくし、ウツもひどくなって、そういう状態と引き換えに数万円を得ることが家族にとって良いこととはとても思えない。
社員じゃなければ(パートなら)責任だって軽いし楽勝でしょ?と思うかもしれない。少なくともわたしはそう思っていた。
しかしわたしにとってはそうではなかった。
保育士のパートの時は、たった3~4時間の勤務で一日のエネルギーを使い果たして午後は寝込み、スーパーでパートをしている時は仕事も人間関係もつら過ぎて泣きながら働き、帰るなり玄関にしゃがみこんで大声で泣いたことも何度もある。
パートで働くということは、短時間で・自分の好きな時間に・精神的にラクな状態で働けることがメリットなはずなのに、短時間であっても全くラクじゃなく、日々追い詰められていってパートを辞める。その繰り返し。

夫のように「家族を支える」という仕事がメインではなく、家事育児がメインとなる主婦。だからこそのパート労働。パートで働くからにはお給料が少なくても「家事育児がメインだから、その仕事に影響しない仕事がいい」わけで、「近いから・ラクだから」というのが一番の仕事を探す条件になる。つまり、家事育児をこなした上で、あまった時間を「時給で働いてお金にかえている」わけね。

わたしのように、パートでさえ精神も肉体もやられてしまい、万年軽いウツ傾向なのに輪をかけて酷くなり「もう生きているなんて嫌だ」と思うような人間は、パート労働にも向いていない。パートが週に数回であっても、家事も育児も生きていることも楽しめない状態に追い込まれる。

であれば、なんですが。もしわたしと似たような「発達障がい系」、もしくは何らかの理由で外で働けない主婦は、もういっそのこと専業主婦業を徹底的にやったらいいのではないか。

今時専業主婦なんて危険すぎる選択です。絶対におすすめ出来ません。会社員として働いている女性なら、結婚しても子どもが生まれても、会社員のままずっと働き続けるのが収入としては一番いい。二人で稼ぐことが一番お金が溜まる、これは揺るぎようがない事実。


投資の世界だと、集中投資は危険なので分散投資をしましょうと言われます。家庭で置き換えるなら、夫の収入だけだと何が起こるか分からないので妻も外で働こう、そして収入を得られる先を増やそうということです。

だけどね、集中投資が出来ないというのは自信のなさの表れともいえるのはないか?株であっても夫であっても。つまり「あなたが選んだその人は、自分の投資対象として十分ではないのか?」ということ。
人生に何が起きるかは分からないし、夫の収入だってどうなっていくかなんて分からない。だけどわたしはその点はまったく心配していない。「夫は成功する人間だから」。

誰がどう思おうと、自分の夫が社会で・会社でどう思われていようと関係がない。イケメンどうかとか、実際に仕事ができる男なのか?ということも関係がない。「自分がどう思うのか?」という点が一番大事。
わたしは自分の夫が「信頼に値する人間、社会で成功していく人間」だと心から思っている。そうだといいな、という願望ではなく、心から。そう信じているということでもなく、そういうもの。そうなんだから、そう。この点においては何物にも代えがたい自信がある。

外で働けないなら、かつ専業主婦として生きていくことが許される状況なら、その「自分の人生をかけた夫」のもとで有り難く専業主婦をさせてもらおうではないか。世の中では専業主婦は叩かれる存在だけど、でも生きていく術として他に手段がない以上は、自分が存在できているこの場所で自分の価値を高めていくしかない。

専業主婦という生き方なんて、リスク高くない?と思ったあなた。その通りです。夫が成功しなかったら、もしくは離婚などしたら収入的には人生お終いです(だからこそ、可能であるならば自分で収入を得た方がいい)。
しかしですね、離婚で人生を終わりにすることを待たなくても、わたしはもう「終わってた」んです。
結婚していなければ、わたしはもう終わっていた。幼いころから生きづらく、生きていることが辛くてたまらなった。結婚して子供が産まれ、家庭という居場所ができたから、わたしはこうしてここに生きていられる。そういう場所を夫が作ってくれたのです。

夫婦は他人なので、理解できないこともたくさんあるしムカつくこともいっぱいある。だけど家庭という場所を与えてくれた夫は、わたしに生きる場所を与え、暗闇から救い出してくれた人。どんなに嫌なことがあっても、有り難い存在であることに変わりはない。

夫婦生活を送ることは一筋縄ではいかず、自分にお金があったならこんなに我慢しないで済むのに、わたしが経済的に自立していれば嫌な思いをしないで済むのにと思い、だからこそ子どもを育てながら社員として収入を安定させたいと思っていたのですが、実際は難しかった。社会にでて働くということがまるで向いていない。

そして最近、一つの気づきがあったのですが、それは「誰しもが誰かしらに依存している」ということ。専業主婦という生き方は「夫に依存しすぎ」というのが、リスクが高く危険だと思っていました。しかし世の夫たちは、会社員であれば会社に依存しているし、その会社の社長でさえ会社に依存している。会社は顧客や取引先に依存するし、自営業の人だってお客さんとか地域の人たちに依存して・・・。子どもが親に依存するだけじゃなく、人というものは大なり小なり他人に依存しながら生きている、ということに気づいたんです。人間が人間社会で生きていく以上、どんな立場の人も、誰かに依存して生きている。

それならわたしは堂々と夫に依存し、ここを最後の砦として死ぬ気で専業主婦をやる。男性が社会でもまれ、死ぬ気で会社で働いているのと同じように、わたしも死ぬ気で専業主婦をやる。失敗したら収入もなくなるけど、もはやそれまで。これまで何度も死にたいと思ったのだから、最後の最後まで頑張ってやりつくしてそれでも無理ならその時はもう死ねばいいと最近は思っています。そうやって覚悟をしたら、すっとラクになりました。そうだ、確かに専業主婦はリスキーな生き方だけど、それしかないなら、そこで精いっぱい生きよう。出来ることをしっかりやろう。
どうせいつかは死ぬのだから。だから今は「死ぬとき」を先延ばしし、できるところまで全力で専業主婦をやろうと思います。また外で働こうと思う時がくればそうすればいいし、ムリなら今いる場所で頑張ればいい。流れに身を任せて、今いる場所で全力を尽くす。それは主婦であってもその他の立場であっても同じことですね。

外から収入を持ってこられる女性なら、外で働いた方が絶対にいい。わたしは専業主婦をすすめているわけではありません。外で働くことに向いていない・働けない主婦の皆さんは、働かざる者食うべからずなので働けないなら本来は死が待ち受けているわけですが、夫さえ認めてくれれば専業主婦として生きていくことができます。ありがたいですね。

そんな専業主婦のみなさんはせっかく素晴らしい立場を手に入れたのですから、その立場で生きていられることと専業主婦でいさせてくれる夫に感謝しつつ、わたしと一緒に腹をくくって専業主婦をやりましょう。外で生きる術がないわれわれにとって、ここで失敗したら後はない。その覚悟で主婦業をやったら、いろいろなことができると思いませんか?

最新情報をチェックしよう!