自閉症スペクトラム(ASD)グレーゾーン人間はママになっても群れないから、ある意味無害

アスペルガー傾向のあるグレーゾーン女子は、グレーなだけあって普通っぽいふるまいをすることはある程度可能です。ですから他人からは普通の人として扱われます。心に負担はかかっているのですが。
最初から「変わってる人」ととらえてもらえれば、だいぶ気がラクですが、見た目普通なので「普通の人」としてとらえられがちです。

変わり者であることを承知の上で付き合ってもらえるなら、性根の良い人間であることは間違いない。アスペルガー女子は素直だし、自分に出来ないことが多々あるので、たいていのことは「そういうこともあるよね」という気持ちでとらえることが出来ます。なにより最近思う「いいところ」は、他人の悪口をあんまり言わないこと。一般的な女子のように「群れ」ないので、女子がまとまって誰かを攻撃する・悪口を言う場にいないからです。

群れるのが嫌いなのか?と言われるとそうではなくて、わたしの場合は群れたくても「群れにいないから群れていない」という感じ。

完全なる「自閉症スペクトラム(ASD)」であれば、もっと他人に興味がなかったり、自分の殻が強いかもしれませんが、わたしの場合はあくまでの「グレーっぽい」だけです。完全にいつも一人でいたいか?というとそうではありません。一人の時間も絶対必要だけど、でも友達は欲しい。自分はそっち側の人間じゃないことは分かっているけど、華のある女・クラスの中心にいるような女への憧れは常にあった。友達だっていっぱいほしい。いつもそう思っていました。

しかしですね、学生時代の4月を思い出してみると、友達が欲しいと思っているのに「なぜか」自分がふと気づいたころには、わたしのまわりには女子グループの群れが出来上がっているのでした。わたしの以外の人達で。

強烈ないじめに会って仲間外れにされている、というわけではなく、会えば普通に会話くらいはするけど、かと言ってどこか仲がよいグループに所属しているとも言いづらい状況。

なぜなのか分かりませんが、いつもこんな感じで、出遅れていました。もちろんそれは「単に出遅れた」だけではなくて、何かおかしい人・変わった人、もしくは「女子としての面白みのない人」というように思われていたからでしょう。
女子は一回グループを作ってしまうとその仲間で固まってしまうので、その群れの中にはなかなか他人は入れません。よって、気づいた時にはどこの群れにも参加していないという状況が出来上がります。

これはですね、大人になりママという立場になっても同じです。結局女子は変わらないのです。ママたちはそれぞれに群れを作っています。出会いの場所は、公園であれ、幼稚園であれ、小学校であれ、同じです。

わたしはわたしの身近なママ社会にどんな群れがあるのか知りません。知りたくもないか?というとそうでもなく、むしろ知りたいし、多少なら参加したいくらい。でもどこにも呼ばれない。結果、参加せず。

これってすごくない?

だいたい悪口というのは、誰かと一緒に他の誰かのことを言うものですが、仲間となる「誰か」とも、攻撃先となる「誰か」とも一緒にいないので、そういう事態に巻き込まれません。誰ともいないので、誰かに何かされることはほぼないし、わたしから攻撃することもありません。

さすがに「〇〇君のママと××君のママがもめた」とか「あそこのうちとあそこのうちは、仲が悪い」とか「〇〇君のママが、学校に文句を言いに言った」とか、聞くとおおよそ不快になるような人間同士のもめごとを、子どもや誰かからのまた聞きで漏れ聞くことがありますが「え、今、我々の周りではそんなことになってんの?」と驚くことがあります。聞く限り、ママ友付き合いというのはお互いの環境・子ども同士の付き合い・仕事の押し付けあい・嫉妬や感情のもつれなどがあり、面倒事も多そうです。

わたしには子どもが引き起こす面倒事は多々あれど、ママ友関係での面倒事は一切ない。ママ友付き合いがないというのは、寂しいと感じることもありますが、ある意味身を守ることでもあるとも言えそうです。

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