さようなら、わたしのキュウリ。夏の前なのにもうお別れ。

わたしは今年、家庭菜園にキュウリを植えました。順調に育ち、すでに4~5本収穫もしました。キュウリって初めて植えたんだけど、気づいたらどーーんと大きくなっているし、収穫が1本だけでもサラダの足しにもなるし、「なんかかわいい」「いいよね」と思っていました。収穫するたびにほんわかと幸せな気持ちになれた。これぞ家庭菜園の醍醐味。

そんな幸せな気持ちを味わっていたのは昨日の朝までのこと。昨日は、それはもう強い風が吹いていました。全国的に荒れ模様の天気で、テレビでは大雨って言ってた地域もあったくらい。ここ埼玉では大雨というほどの雨ではなかったけど大嵐並の風ではあった。

我が家の貧弱な家庭菜園では、貧弱な筋肉を持つわたしが立てた支柱がぐらぐらで、「あー、こりゃダメだな」と一目でわかるほどの状況になっていました。支柱が斜めになって、45度くらいに傾いている。ちょっと傾いているというレベルではなく、崩壊寸前。

だいたい支柱なんていうものは地面に刺さらないのよ、土が固くて。だから土に刺さっている部分が短い。大男であれば、力で地面に深く突き刺すこともできようけれども、わたしはフツー体型のどちらかと言えば筋肉の少ない女なので、そんなことはとてもムリ。

「支柱が地面に深く刺さらない問題」は、もちろん今年に始まったことではなく家庭菜園を始めた時から。運がよけれは夫がやってくれる年もあるけれども、専業主婦である今年のわたしは「一人で出来る範囲でやればいいや」と思っていたので、自分でやったわけです。

だから支柱が弱いってことは分かってはいた。だけども、今年のわたしは一味違う。支柱を深く刺す為に、地面に穴を開ける道具というものがこの世には存在しているということをネットで知ったのだった。これはすごい。これなら非力な人間でも地中深く支柱が差し込めるぞ!

これです。そこで「これがあればわたし1人で穴を掘って支柱が立てられるじゃん!」と意気揚々とホームセンターに行ったんですね。確か5月だったか。

しかし売り場には全く見つからない。それっぽい物すらない。しかたなくお店の人に「支柱を刺す為に穴を開けるヤツ、ありますか?」って聞いた。人見知りだからホントはしゃべりたくないけど、どうしても買いたいから勇気を出してね。
でも全然伝わらない。「土が固くって。そのままじゃ刺さらないから・・・」と身振り手振りで説明したんだけど、その店員さんは「ありません」という。「ちょっと待って下さいね」と探す素振りすらしない。

だから食い下がって「でも土が固いんで・・・、じゃあどうすればいいんですか、シャベルで周りを全部掘って刺すんですか!!!!!」と聞いてみたんだけど、たぶんこの時もうわたしは半分キレてたんじゃないかな。すると軽く鼻で笑いながら「そんなことしたら土が柔らかくなって支柱が固定されないじゃないですか、それじゃ意味ないですから」って。「コイツ、何言ってんだ?頭おかしい人?」的にあしらってくるシマツ。つまり彼女はこの世にそういうアイテムは存在しないと言っているわけ。彼女の世界にそういうアイテムがこの世に存在しないのだから、伝わるはずがない。

まぁわたしとしても「ない」と言われたものはしょうがないので「そうか、世の中にはそういうものはなかったのか。わたしの記憶違いだったか、夢を見ていたのか」と家に帰ってきたんだけど、ネットで調べたらやっぱりあった。
「あるじゃん!!!!!」
ホームセンターのおばさんめ!!

ここでさっさとネットで買ってしまえば良かったんだけど、「1年で数回しか使わないしなぁ」と急に及び腰になってしまい、わたしの力の出せる範囲で支柱を立てて、この問題には蓋をしたのでした。

そんなふうに弱い女が立てた弱い支柱なので、立てたそばからかなりぐらぐら。強風でも吹こうものなら耐えられるはずがない。かくして放置した支柱問題は、ここに来てまた頭をもたげ、どうにも手を打たなくてはならない状況となった。

強風の中、家庭菜園をチェックしてみると、まずキュウリの支柱が酷いことに。最初からまっすぐにさえ立てられなかった支柱が、大きくゆがんでいる。これは「これを機に、しっかり支柱を立てなさいということだわ」と受け止めた素直なわたしは、まずは「よっこいしょーーーーー」と倒れていた支柱を全力で起き上がらせた。

すると「メッキメキメキ!!」という嫌な触感が手に伝わってきて、やっば・・・と我に返った思ったときには後の祭り。キュウリの根っこは空高く舞っていた。とまでは行かないけども、完全に掘り起こされた。キュウリの支柱及びネットの根本にはキュウリがいるということを完全に忘れてた。意識すらしなかった。わたしにあったのは「一刻も早く支柱を起こさなきゃ」ということだけだ。

一つのことしか見えていなくてまことにわたしらしい。これは集中力があるといえばそうとも言えるんだけど、他のことが見えなくなってしまうのは危険でもあります。
本当はもっといろいろなことを広く注意を払ってやれればいいんだけどこれがわたしだし、既にそうなってしまったものは仕方ない。

「きゅうりさん、早いことなんとかするから頑張ってくれ」と声だけかけて、新たに支柱立てとネット張りを行う。しかしネット張りというのは難しくて、全然ピンと張れなくて、こういうの苦手だな。

風でヒラヒラと飛んでいっちゃうし、ネット自身が絡まってイライラするしほどけないし。仕方なく絡まった部分は鋏で切って使えそうな部分だけでネットを張る。長いネットだったのに切っていいのだろうか。切るなら意味がない気もするが、ネットがないよりいいだろう。

ネット張りに奮闘していると、通りかかった年配女性が「あらあ、きゅうりどうしたのぉ?」と声をかけてきた。もちろん知らない人。最近はウォーキングしている人が多いので、道を歩きながら他人の家の庭など見ているのだろう。それはわたしもやる。気分転換にちょうどいいし。

だけど他人に話しかけられる側となると話は別だ。自宅の敷地内でも、誰かがそばを通ると体に緊張が走る。話しかけられたら無視するわけにもいかないし。

今回の人もなんやかんや言ってきて「ええ」「まぁ」「確かに」「そうですねぇ」といったこれまでの社会生活で身に着けた「深い意味はないけど、会話している感のある便利な言葉」を返していたんだけど、なかなか帰ってくれない。かなり長い時間その場にいる上に、そのうち隣のミニトマトを見て「あら、こっちのトマトもなんとかしなくちゃだめね」などと言い出した。「ミニトマトはどうでもいいからこの場のお前をなんとかしてくれ」と言いたいところであったけど、言えるはずもないので心の思いつつ「あぁ、早くこの時間が終わりますように」と祈りつつ、その場をしのいだ。

そんな風にネットや支柱やおばさんとの格闘を終え、ようやく空中にうかんだままのキュウリを救出に入る。しかし、わたしが思っていたよりもきゅうりはずっとか弱く、すでにしなびてる。うそでしょ、だってさっきまであんなに元気だったじゃない!

これまで使っていたネットからキュウリを一旦助け出し、根っこを地面に植えてツルを新しいネットにひっかけたけど、「もう、どうにもなりません」感満載。これほどまでに繊細だったとは。空中でさえ生き延びてやるというくらいの気概が欲しいところなのに、ほんの一瞬でしなしなになるとはね。きゅうりとわたしは相性が悪いのか。

「もうきゅうりを枯らしてしまった」と子どもに話すと、「お母さんは劇的に、植物を育てることに向いてないね」と冷静に指摘されました。なぜか嬉しい。

植物って、根っこから水分を吸収しつづけているんだなぁ。根っこから水を吸収できないと、短時間でも枯れてしまうんだな、ということを今回学びました。
もしかして、立てなおすなんてことも・・・?と期待して今日改めて見てみたら、すでに葉っぱどうしが悲しそうにカサカサと音を立てていました。やっぱりもう、さようならなのね。

きゅうりを育てること自体はあきらめがつかないので、今からきゅうり苗をホームセンターに探しに行ってきます。もう、季節的になさそうな気もするけれど。

ちょっと前までのキュウリの様子。こんなに元気だったのに。

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