冬が終わったので、ようやくモンベルの下着(スーパーメリノウール)が見つかる(予想通り)

わたしはよく物をなくします。そして無くしたものは大抵数日たったら出てくることが多いです。

これはもう、発達障害だからなのかなんなのか分かりませんがよく物を無くすし、しかも探す能力はかなり低い。もちろん本気で探しているんだけど、見つかりません。一筋縄ではいかない場所からでてきます。

そういう体験を積み重ねているので、「一筋縄ではいかない場所」も自分のなかでのストックが増えてきて「前回はあそこから見つかったから、あそこも探そう」という場所が増えてくるのですが、そのたびごとにあたらしい隠し場所からみつかるので、なかなかうまいこと探せません。

無くし物が得意なわたしは、最近になってわたしの探し物が出てくるときの法則が何となくつかめてきました。

探し物の法則(わたしの場合)

1.なくしたことに気づく

2.軽く探す。
「あれーどこ行った?」って感じ
家の中を数回、隅から隅まで探して回る。

3.イライラし始める
「マジでどこいった」「さっきまで手に持ってたじゃん!」「このあいだまであったじゃん!!」「マジかよ」などと怒り始め、怒りを抱えながら探します。こうなるとますます向こうさん(探し物)も意地になっちゃうみたいで出てきません。かくれんぼがお上手です。心を見透かされています。

4.冷静になって反省する。

イライラしていても事態は良い方向に行きません。「どうしてこんなことになったんだろう、どこに置いたんだろう、どこの道を通ったんだろう、その時何をしてた?何を考えてた?どう工夫したら同じ目に合わないで済むのだろうか・・・」などと自分の行動を振り返って反省します。

5.さらに探す。

反省をもとに、自分の行動を振り返って冷静に分析しながら念入りに探します(しかしこの分析がとんちんかんだから、探し物が出てこないのでしょう)

6.あきらめる。

反省もした上でさらにさがしまくっても、どうしても見つからないとなれば諦めるしかありません。

諦めた先の対処としては

  1. ないと困るから、同じ機能の新しいものを買う
  2. ないまま我慢する

の2種類あります。いずれにしても「今探している物については、出てこないものとしてあきらめる」必要があります。

7.時々思いだす。

見つかることを諦めたとしても、まだその物の記憶は新しい。わりと頻繁に思い出すこともあるころ。

8.懐かしい思い出に。

さらに時間が経過。それは懐かしい思い出になります。ふとしたことをきっかけに、「そういえばあんなものがあったよね」と遠い目をして思い出すような存在に昇華します。それでもまだその存在を忘れていませんから、この段階では出てきません。

9.完全にその存在が自分の中からなくなる。

もっと長い月日がたち、ほぼ思い出すことが無くなります。

探し物をこじらせた場合、9レベルまで行ってようやくひょっこり出てくる、ということが多いです。とても意外なところから。

これが毎回くりかえされるパターンです。何故なんでしょう?物にも意思があるんでしょうか。完全に忘れるとか、必要がなくなったころになると出てきてくれることが多いです。このレベルになるとその物がなくても生活出来ているわけですから、なくなってまだ出てきていないものもわたしのこれまでの人生には多数あると思われますが、実際のところはその存在すら完全に忘れているので分かりません。

反省するまで出てこないというのなら、反省して探している段階で出てきてくれたっていいと思うのですが、この段階では出てこないものたちも多いです。


さて。今年の冬はモンベルの下着がなくなりました

この下着はわたしの勝負下着。勝負っていっても男女の勝負じゃなくて寒さとの勝負ですが、わたしのなかではピカイチにお値段が高い「機能の優れた高級防寒着」だったのです。そのモンベルのスーパーメリノウールがなくなったのは確か去年の12月ごろ。

厳しい寒さに最前線で立ち向かってくれるはずの一軍下着がいなくなってしまい、かなり困った事態となったのでした。実際に着て物凄く暖かいのか?は、はっきり言って分からなかったんだ、雪山登らないし。温かいのよ?温かいけど、仮にユニクロのヒートテックよりお値段3倍なら3倍暖かかったか?と言われるとそうじゃないような。モンベルの下着は「登山とかの運動をする人が着る、極寒でもOKな機能的な下着」であって、スーパーメリノウールは「これで山に登ったら暑いくらい」って店員さんが言っていた気がする。生地としては薄いんだけど温かいらしい。

わたしは山に登らないし今後も山に登る予定は一切ないんだけども、そういう機能は大好物。山は登らなくたって優れた機能を聞けば、素敵やん、と思ってしまう。それでその時は「下着1枚なのに高いよな~」と思いつつも買った下着。実際に着てみると確かに温かいし驚くほど薄い。だけど、登山の人がこれを着て「やっぱモンベルすごいっす」と思うような機能は感じられなかったと思う。だって基本、温かい部屋の中で来てるんだもの。普通の暖かいインナーと変わらず、温かい下着。完全に宝の持ち腐れ。持ち腐れて数年が経過。

だからわたしのこの下着に対しての思いは、「すごい機能を持っている、どんな寒さでも頼れるパートナー。こいつさえいればどんなに寒くてもわたしは大丈夫」というもので、絶対的な信頼感があった。実際に着て温かいかどうかっていうことじゃなくて、その信頼感がハンパなかったのです。頭で着ていたんです。

だけど、寒さに対抗できるパートナーがいなくなってしまったので、冬の極寒を乗り越える為には新しいパートナーが必要でした。それで致し方なくユニクロに行ってみたら、超極暖っていう暖かそうなインナーを発見して、こりゃあいいぜ!って即買ったのね。

ここ数年はヒートテック的な暖かい下着は買っていなかったの(スーパーメリノウールがいたから)だけど、しばらく見ないうちに世の中には暖かそうなインナーがたくさん売られるようになっていた。今回買ったのは超極暖っていうものだけど、これ、かなり暖かかった。ここまで暖かいとは思わなかったなぁ。生地だってとても分厚い。

これに比べるとモンベルのスーパーメリノウールさんは、もううっすうす。これは機能的に作られているので、あえての薄さだよ?だけど、その機能がもし必要ないのだとしたら、単純に安くて温かい方がいいんじゃないか?って気がしてきた。だってモンベルのスーパーメリノウールさんはお値段が高かったのに対して、ユニクロの超極暖は、ユニクロなだけあって2000円位だった。こんなに暖かいのに安い。

と思っていたら、わたしが買った数日後に期間限定でかなり値下げされてて、それはちょっと「え??」と思ったけど。まぁ仕方ないですね、こういうことも多々あります。

そんな感じでこの冬はこの超極暖をメインに据えてインナーを回してた。そして3月に入りすこしずつ暖かくなり、もうしばらくしたら冬のインナーの整理もしなきゃ、なんて思っていたある日のこと。

その日の朝、洗濯後であろうわたしのインナーが次男の部屋から発見されたので
「もう!なんでこんなところにあるの?そういえばモンベルのインナーもだいぶ前になくなったけど、こんな感じでどこかの部屋にかくれてるんだろうねぇ」とつぶやいた。そしたら息子がこの日も「なくなったの?どこかにあるんじゃない?」と言った。

この息子には何度も「モンベルのインナーがなくなった」情報を伝えていて、そのたびに嬉しそうに「これじゃない??」となにか別の物を持ってくる。毎回「あった!!」みたいに嬉しそうに持ってくるからそのたびにわたしも「えっ!ほんと?」と一瞬ドキッとして嬉しくなるんだけど毎回全然違うものが手に握られている、ということが繰り返されていました。

別に嫌がらせとかじゃなくて、彼は本気で探してくれて本気でお母さんを喜ばせようと持ってきてくれている。だから怒ることはないんだけど、そのたびにがっかりはしていたんです。だからこの日も「お母さん、あったよーーー!」という声に、またかという思いと、ホントだったら嬉しいという微妙な思いを抱えて、それでも息子がせっかく見つかったと言ってくれているのだから見に行かねばと思って息子の元に行きました。そしたらそれはホンモノのモンベルのスーパーメリノウールだった。

次男の行動はオオカミ少年のように思っていた節があり、こころのどこかでは信じたい気持ちもあったし、今更見つかるわけないとも思った。
でも。今回はホンモノだった。

長かったねぇ今回は。それが必要な季節を通り越しちゃったからね。

もっと寒い間に出てきてくれたらよかったけど、出てきてくれただけよいと言えるでしょう。見つかったときは嬉しいというよりはとにかく驚いた。捨ててはいないから絶対にこの家にどこかにはある。と信じてはいても、でもどこにもなかった。

何度も済み済みまで探したんだよ。探していない場所なんてないって。いったいどこにあったの?

それが一番気になったことです。嬉しいよりも、どこにあったのか。

それは。
発見した次男によれば「服を入れている引き出しと引き出しの間の隙間にはさまっていた」そうです。具体的に聞き出してみると、引き出しと引き出しの間に1cm位の隙間があって、その間に落ちるようにはさまってて、引き出しの上には夫の服が山盛りに積まれていて見えない状態。つまり彼は引き出しと引き出しのほんの1cmの隙間に疑問をもち、のぞき込み、ちょっと黒っぽい物があるな?と思ったらしい。

難しすぎる。だってその隙間は上から完全にふさがっていて見えないし(夫の服が重なっていたから)、普段は横から隙間をわざわざのぞき込まないし、隙間っつったって、引き出しの奥の奥の方だから、奥行き70cmくらいある引き出しの奥なのでかなり暗い。手前からは「物が挟まっている」なんて気づけもしないんです。隙間の奥なんで真っ暗な上にまっくろの下着なんだから。

みつかってみれば「そこ?そこかぁ・・・」って感じなんですけどね。毎回。
わたし、そこ探していなかったのかなぁ。探したと思うんだけど。しかも3か月も気づかないとか・・・ありえる?(ある)。

その引き出しの前は毎日何回も通っているし、毎日引き出しに服をしまうし、その引き出しの前に立って毎日着がえをしている。それなのに。

仮によ?「もしかしてここにあるのかも?」という仮説を持っている場所であれば、見落とすことはないと思うんだよね、注意深くみるから。しかし「ここにあるとかないとか、そういうことをまったく考えない場所」であったなら、そういう目で見ていないので見えない。

人は、見たいものを自分の都合のいいように見ますね。目の前にあっても認識しなければ、頭に入らない。仮に目に入っていたとしても、目に入っただけで終わってしまうので、それが何なのかまでは認識していないから意識には入っていない。「見た」という行動さえ意識していないかもしれない。

この傾向、わたしの場合は顕著です。「目に入っているはずなのに頭では処理していない、できない」という状態は、わたしの場合、車の運転を壊滅的に難しくしています。

わたしは車の運転が(免許を取る段階から)苦手ですが、まさにこの状態を運転中に感じます。特に免許を取る時に「運転をしながら後ろを振り返って(もしくは鏡で)、後ろの車を確認してから車線変更」という課題がありましたが、全くできませんでした。振り返ることはできるし、車が後ろにいることは分かっても、だから何?という感じで、その先(じぶんの行動)に結びつけるのは難しいです。全く分かりません。タイミングを計るとかね、そういうの全然わからなくて、運転中に発狂しそうになります。今でも、車線変更はわたしの中では神業に近い至難の業です。

今回で、また新たな「意外な隠れ場所」のデータが増えました。物がなくなったときは、次はここもしっかり探そうと思います。「探し物は出てきた」し「意識して探せる場所」も増えたから良かった、と思うことにします。前向きに前向きに。

最新情報をチェックしよう!