久しぶりにPTA活動に参加したら、見知らぬ人に声を掛けられた

先日子どもが通う学校のお祭りがあり、久しぶりにPTA活動のお手伝いに行ってきました。

子どもが学校にあがると、強制的についてまわるのがこのPTA問題。やりたいやりたくないにかかわらず、強制ですのでやるしかありません。もちろん、アスペルガーグレーゾーンのわたしですからうまく機能しているとは思いにくいですが、参加しないといけないので参加はしています。そんな先日のこと。

指定された時間に指定された場所に行くと、知っている人が一人いたので、その人と話していました。彼女と話すことは滅多にないけど、子どもが幼稚園の頃から小学校・中学校とずっと一緒の学校に通っているのでさすがに顔は知っている。周りには、たくさんの人(PTAの手伝いで参加している母親たち)がいたのですが、その人以外は知らない人ばかりでした。

そんな中、その唯一知っている人と話していたら、

「あの~。○○さんですよね?」

と、テーブルをはさんで向かい柄あたりにいた人に声を掛けられました。見知らぬ人。誰?○○さんというのはわたしのこと?

確かに○○ですが・・・・えぇっと・・・・?

そんな苗字の人たくさんいるし・・・。とまどっていると、わたしの隣りに立っていた人にも、突然

あ~!!あの!〇〇さん?
と言われる。この人も知らない。どこでわたしと知り合った人なのだろう。わたしはわたしなんだけど、わたしの記憶が薄い。だいたい「あの!〇〇さん!」と言われるような目立つ言動をした覚えはない。
よくよく聞いてみると、3年前にPTAの役員活動を1年間一緒にやった人達だったらしい。ほぼ覚えはないけど、向こうは盛り上がっている。疎外感でついていくのが難しい。こういうとき、PTAの人は子どもの学年や名前が書いている名札を首から下げているので分かりやすくてありがたい!ま、名前を見ても分からなかったけど。(わたし自身は、当然のように名札をいつの間にかなくしてしまったので名札は身に着けていない。それなのに、相手の人はわたしの名前が分かったのだった)
「あの時ね~、けっこう積極的に発言されてましたからね。覚えてますよ」などと言われてさらに驚く。わたしは話し合いの時に自分から積極的に発言するなんてことは、ほぼないから。「え、それは誰が発言してたんですか?わたしですか?(話の流れからさすがに自分のことだろうとは思うけど、発言した記憶がない)」と聞くと、もちろんそうらしい。
ふうむ・・・。もう遠い記憶だけど、なんとかふんばって思い出してみると、なにかと発言していたような気もしないでもない。当時も今もPTA活動というものに積極的ではないわたしは、出来る限り活動をしないですむよう、積極的に意見をしていたような気もする。活動日に活動(意見)しないと、別の日に活動(PTAの活動)をしなければいけなくなるので必死だったのだ。おそらく。
しかし、それでもその二人のことはほぼ思い出せなかった。二人のうち、一人はその部の部長だったというからなんとなく(完全に知っている人を100だとしたら1くらい)うっすら記憶にあるけど、あとの一人は完全に分からなかった。他人。でも向こうはわたしのことを知っていて、親し気に話してくれる。へんな気分。
こういうことはよくあるらしいのだ、わたしの知らないところで。わたしは普段、他人の目が非常に気になるし、人目がこわくてビクビクしながら外出している。近所のお店へ買い物に行っても、出来るだけ知り合いには合いたくない。それでも合ってしまうこともあるけど、その場合は出来る限りスルーし、もうどうにもごまかしようのないタイミングで出会ってしまった時はもちろん笑顔をつくって嬉しそうなフリはする。
そうはいってもいつもいつも誰かにあうわけではなく、知り合いにあわない外出の方が圧倒的に多い。と思っていたのだが、意外と誰かに目撃されているらしい。子どもが言ってくるのだ。「〇〇君のお母さんがね、お母さんのこと、××で見かけたって」とか。
ということは。わたしは気づいていないけど、向こうは気づいてるってことだよね。それで「あの人、気づいてるのに挨拶してこない」とか思われたりしてるんだろう。実際「気づいてるけどスルー」することもある。意図的にやっていることに批判されるならそれは仕方ない。だけど意図的ではなくて「その人に気づいていない」ことの方が絶対多いと思う。もっと正確にいうと、特定の誰かに気づかないというよりは、ただの他人なので挨拶なんてするわけがない。その特定の誰かは、わたしにとっては周りにたくさんいる他人と全く同じくらいの認識度しかない。

子どもが同じ幼稚園だったとかずっと同じクラスとか、いわゆるママ友というような関係の人であっても、何かのきっかけでたくさん話したことがある人でないと記憶に残らない。息子が小学校に上がって数年が経ち、誰かに「あのママは幼稚園のころから一緒なんだよ」と教えてもらって驚くことがあった。

「マ・ジ・で?」
子どもが3年間くらい一緒のクラスでも、名前さえ知らないこともある。小学校はまだしも幼稚園のクラスが同じという場合は、一緒にいろんなイベントを過ごしているはず。それでも、わたしの中にその人は取り込まれていない。さすがに驚き、直接「あの、わたし全然気づかなかったんですが、幼稚園、同じクラスだったんですか?」と聞いたことがある。するとごく自然と「えぇ、そうですよ」などとさらりと言われたこともあり、さらに驚いたことがあった。
相手の存在を自分にとりこんでいっていないというのは、女子として「普通」なのだろうか?群れをつくる「女子」という生き物としては、おそらく決定的に不利だ。相手のことを覚えていないんじゃ、群れとして話にならない。子ども同士が同じクラスだからと言っても関わりの深い人ばかりではないし、子どもの性別が違うとさらに関わりがなくなるけど、わたしの場合は周りに関心がなさすぎるのかもしれない。PTA活動においてその場では知らない人達と話もできるけど、3歩歩けばその人のことは忘れる。だから、ママ友というような関係性には発展しない。
今日話しかけてくれた「過去に1年一緒に活動した人」も、そう。わたしの記憶の中には残っていない。普通の人は、他人のことや他人と過ごした記憶が、深く刻まれるものなのだろうか?

わたしの場合はすべてがぼんやりとして、何をやっていたかもどんなひとがいたのかも思い出せない。こんなふうに、人の顔や出来事を記憶していないので「知っているくせに挨拶もしない人」と思われたりして、わたしの知らない間にいつのまにか「変な人・かわってる人」として認定されていってるんだろうな・・・。「どこかで会ったことある人だけど名前を思い出せない」ってことは良く気がするけど、「名前うんぬんじゃなく存在自体が、まるっと思いだせない」ので、たまにちょっと困る。

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